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編集後記のようなライター(音楽)のブログ

金持ちの音楽と貧乏人の音楽

身も蓋もないトピックスで恐縮なんだけど。
音楽には金持ちの音楽と貧乏人の音楽があるという理不尽な話。

ブルースはアメリカの黒人奴隷、ロックやパンクはイギリスの労働者、HIP HOPはN.Y.ブロンクスの貧民層の音楽として生まれた。ロックやポップスが産業になり、客層が広がるようになってから、ブルースやロック、HIP HOPは経済的に恵まれた人たちも嗜むようになったが、これらの音楽は元来、社会への不満や生きることの不安を歌うことを常とする貧民層の音楽なのだ。一方、教会音楽や宮廷音楽として発展したクラシックはブルジョアやエリート層のもの、高額所得者、金持ちの音楽だ。

 

香港でジェフ・ミルズにインタビューしたとき、デトロイト・テクノは斜陽となったデトロイト自動車産業に従事する黒人達の不満や不安のはけ口となる音楽として生まれたと話してくれた。一日の仕事のストレスとレイオフの不安を抱えた労働者たちは精神をリラックスさせるためにクラブに向かう。そのフロアで生まれたのがデトロイトテクノだという。

デトロイトテクノにメランコリックなメロディが使われるのは、そうした背景があるからだと思う」とジェフ・ミルズは感慨深げに言った。

 

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それぞれの音楽の起源には、バックボーンや必然性がある。そうして生まれた音楽は現状を「変える」ためではなく、現状に生きる人びとを「支える」ために存在する。

現状に生きる人びとを「支える」ことは貧民層の人びとを、対処療法的に心を癒やし、励ましはするが、人生をキャリア・アップさせるわけではない。

デトロイト・テクノに負の部分があるように、ブルースには不平と不満、ロックには否定と攻撃、パンクには破壊衝動というネガティブな感情が血肉となっている。メロディが醸し出す浄化力やグルーブが持つ破壊力がネガティブな感情を昇華させるが、それらの音楽が経済的に豊かにしてくれるわけではない。ピンク・フロイドが資本家をブタと呼んだように、ロックのテーマになりがちが拝金主義の批判は経済的な成功に罪悪感を与えるのだ。情動的で衝動的な貧乏人の音楽なのだ。

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一方、教会音楽や宮廷音楽として発展したクラシックは経済的に恵まれた人びとが嗜む音楽だ。一本のギターやPUBに捨て置かれたチューニングの狂ったピアノでショウができ、ターンテーブルだけで一枚のレコードが作れるブルースやロック、HIP HOPとは異なり、クラシックは高価な楽器と練習のための長い時間と教育のための費用を必要とし、リサイタルにも会場をレンタルするコストがかかり、結果的に経済的なバックボーンとパトロンの存在を必要とした。そうした環境のなかで生まれた音楽は芸術性の高い金持ちのための音楽なのだ。

ブルースやロックと同様、クラシックも音楽産業の恩恵によって多くの人びとが嗜むことができるようになり、経済的に恵まれない人びとでも嗜むことが出来るようになった。

誰がどんな音楽を聴いても自由だ。しかし、経済的に恵まれず、貧乏人であることに忸怩たる思いを抱いているとすれば、ロックやブルースを聴くのを辞めてるのも手だろう。高級時計や長財布を持つ、皺のないジャケットを羽織るといった金持ちになるための習慣があるとすれば、合わせてロックやブルース、パンクは聞かずにクラッシックを聴くという習慣も組み込んでもいいだろう。

だからといって、ここでは金持ちになるために、クラシックを嗜め!という気持ちは毛頭ない。かくいう私も貧乏だし、自己嫌悪や葛藤の中で生きている。オルタナ系、ドローン、テクノなど根の暗い音の中で生きている。貧乏な状況は好ましくはないが、先のような音楽やシーンから離れたいとは思っていない。根の暗い音楽を聴きながら経済的に恵まれるようになるかもしれないし、そうした、ロックやブルース、パンクを嗜みむ大富豪もいることだろう。

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大切なのは、音楽には金持ちの音楽と貧乏人の音楽があり、それらの衝動性や芸術性がメンタリティの根本に大きな影響を与えているということを理解しておくということだ。

美しい花には毒があるという言い方もできるだろう。そうした毒をリスクに抱えながら生き抜いていければいいと私は思う。