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編集後記のようなライター(音楽)のブログ

「君なら感じられるさ」と浅井健一は歌う

自分のなかでは嬉しい思い出。浅井健一をインタビューしたときのこと。

SHERBETSが9枚目のアルバムとなる『STRIPE PANTHER』をリリースした2018年の暮れのこと。個人的には8枚目の『FREE』がヘビロテ状態だったが、ダメ元でインタビューを申し込んだらプロモーター経由でOKが出た。

ベンジーに心酔していたPKは大喜びで、私の付き人としてインタビューに立ち会った。約束のホテルのカフェに手ぶらで現れた浅井健一はテーブルを見回し、PKのトマトジュースを見つけ、「トマトジュース」と言った。

 

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酔っ払っていたり、なかなか思い通りに話してくれないと前評判を聞いていた浅井健一だったが、『STRIPE PANTHER』リリースのタイミングなので、アルバムについてお約束通りの質問にも淡々と答えてくれた。

興味深かったのは「ハッピーな音楽が好きな人がいい人は、そういう音楽を聞いてもらっていたらいい、自分の音楽はそんな音では満足できない人のためのもの」という言葉だ。それで、浅井さんはどんな事を歌ってるんですか?と愚問をなげかけた。


「何を歌っとるんだろね?この社会に生きとって、傷ついた人とかメゲそうな人とかいるわけじゃん。そういう人がこういう音楽を聞いて強い気持ちになってもらえることは自分にとって嬉しいことだから」


思いがけない素の言葉を聞くことができた。ただ、それを狙って癒そうとしているわけではない。「そんなことしたら曲は力を失うから」と彼はいう。

「自分がいいなと思うものを作るじゃん?スゲエ曲にしようと。で、作った曲を後で聞くと、そういう人を復活させる力を持っとるかもしれんて自分で感じるんだよね。生きとるといろんなことあるじゃん? まっさらなまんま人生を終える人なんておれへんでしょ?自分の性格上、いちいち気にしとったらだめだがや。乗り越えていこう、そういう気質なんだよね」

 

タイミング的にはリリース直後の『STRIPE PANTHER』について聞くべきだったが『FREE』に収められていた『WONDER WONDER』という曲が好きで、下記の詞が素晴らしいということを伝えた。

君なら見えるはずさ、君なら感じられるさ
何もなくて ただあるのは それを包むうれしい気持ち
(『WONDER WONDER』より引用)

無言で私の話を聞き終わると、浅井健一は「ありがとう。『WONDER WONDER』か」と言った。

「何もなくて ただあるのは、それを包むうれしい気持ち」という言葉に触れたとき、仏教でいう「空」の感覚を思い出した。

そういえば、浅井健一の詞は物語の実体がみえない、本当に言いたいことが見当たらないまま、「見つからない靴下」とか「友達と2人でいろんな話をしながら道を歩いて行くのは好きだな」といった何気ない言葉に包まれている。そんなドーナッツ状態のイメージのまん中をギターやドラムが雪崩れ込んでいるわけだ。

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理屈や言葉でなく、「感じること」で得られるものの中に大切なものがつまっている。皮肉なことに、ライターである自分達は言葉を使って価値を伝えなくてはならない。ただ、「うれしい気持ち」の感覚を、言葉にする前に、きちっと携えていることの大切さを改めて教えて貰った。

ちなみに、ベンジーがトマトジュースを頼んだのはPKのトマトジュースを見たからかどうかは定かではない。