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編集後記のようなライター(音楽)のブログ

『沈黙』の源泉、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に

島原・天草一揆の舞台となった原城跡や、信仰を集めた平戸の聖地と集落などが対象

マーティン・スコセシ監督の映画(原作・遠藤周作)『沈黙』の物語のベースとなる、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されることになった(2018年5月4日、文化庁が発表)。

 

対象となるのは、島原・天草一揆の舞台となった原城跡や、信仰を集めた平戸の聖地と集落、禁教下で潜伏キリシタンが信仰を守った「天草の崎津集落」、国内最古の教会の大浦天主堂など12件の資産。
最終的に6月24日からバーレーンで開かれる世界遺産委員会で決められる。

 

弾圧の地・長崎市外海地区を舞台とした映画『沈黙 -サイレンス-』はBGMのない、ストイックな映画

2017年初旬、マーティン・スコセッシ監督による「沈黙 -サイレンス-」は17世紀江戸初期、キリシタン弾圧の時代、神と信仰の意義を問うた、遠藤周作の『沈黙』を映画化した作品だった。

 

物語の舞台は実際に弾圧の地であった長崎市外海地区をモデルとするトモギ村。

死を恐れず信仰を全うする信徒の姿や凄惨な拷問シーン、そして信仰に対して葛藤する宣教師の姿が、重く、深く、そして衝撃的に描かれている。

 

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 地形の問題か、人工物が映り込むためか、映画の実際のロケは台湾で行われたという。

 

しかし、映像化において、時代考証やディテールは非常に正確になされ、かつ、脚本も遠藤周作による原作『沈黙』に忠実に書かれていた。

それゆえ、作品は圧倒的なリアリティをもって観る者の胸に強く響く。

さらに、映画『沈黙』にはBGMが一切なく、エンドロールのタイミングでさえ虫の音しか聞こえない。

 

そうしたことからも、遠藤周作による原作のイメージをハリウッド風の情緒的な演出でそこなわないように配慮したマーティン・スコセシ監督のストイックな姿勢がうかがえる。

五感で感じる『沈黙』の旅へ

映画が公開され、劇場で鑑賞した翌日、奇しくも私は長崎を訪れていた。

旅のルートは潜伏キリシタン信仰を中心としたものであり、『沈黙』の地をなぞるように、大浦天主堂や黒崎教会、大野教会、聖フランシスコ・ザビエル記念教会などを巡った。

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黒崎教会

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田平(たびら)教会

さらに『沈黙』に登場する潜伏キリシタンの「トモギ村」のモデルであり、遠藤周作文学館が佇む地である外海地区にも足を伸ばした。

 風光明媚な外海地区にて、風を受け、自然の音を耳にするうちに、映画『沈黙』を、さらには、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を五感で感じられるようになる。

 

ふと振り返れば、作中で神父ロドリゴを幾度となく裏切ったキチジローが手招きする姿がみられる……そんな気配さえ感じられる。

長崎を訪れたことは、映画と小説、両方の『沈黙』の世界、登場人物達の存在を感じる旅でもあった。

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人間がこんなに哀しいのに 主よ

 

海があまりにも碧いのです

 

〜遠藤周作文学館 沈黙の碑〜

 

 

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[遠藤周作文学館]にて。文学館に隣接して上記の「沈黙の碑」があるが、そこは、夕陽の名所でもあり、 五島灘に沈む美しい夕陽をみることができる。 

遠藤周作文学館は主人公である敬虔な神父ロドリゴが日本に上陸した場所にほどちかい、『沈黙』の原風景というべき断崖に位置する瀟洒な空間だ。

遠藤周作の没後、約3万点にもおよぶ遺品・生原稿・蔵書などを遺族から寄贈・寄託され、2000年5月に「外海町立遠藤周作文学館」として開館。ゆったり、海と空の気配を感じながら遠藤周作の人生と向き合ことができる。

 

私が訪問したのはちょうどマーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙』の公開を記念した展示が行われていた時期だった。イメージデザイン画や台本、スケジュール表といった興味深い資料が展示され、、興味深く拝見した。

 

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映画『沈黙』の台本。製本されず、変更の度に配られたという。


 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されることで、

その存在と意義がより多くの人々に、より広く、そして深く理解されるようになるだろう。

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 大切なことは、ここで評価されたのは、建築物などハードだけではなく、「潜伏キリシタン」が持続し、今の時代にまで残されたこと。その「沈黙」の「歴史」が認められたのだと思う。

 

 重要な文化財を鑑賞しながら、その「歴史」の奥に潜む、「潜伏キリシタン」の人々の気配を感じることが、この地(長崎)を訪れる醍醐味なのだ。

 

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 数々の文化や信仰、風習、習慣など歴史の流れから消えていくなかで、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が今に引き継がれたことは、何か意味があったからなのだ。

 

映画を鑑賞し、現地を訪れ、何かを感じ得ることができたら、私たちもまた、その感情を、どうとらえ、誰に、何を伝えるかを、考えていくべきなのではないだろうか。

 

沈黙 (新潮文庫)

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