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編集後記のようなライター(音楽)のブログ

イノヤマランドの名盤『DANZINDAN-POJIDON』復活

ジャパニーズ・アンビエントのエポック

日本のアンビエント作品のエポックといえば細野晴臣が1985年にモナドレーベルからリリースした『マーキュリックダンス』というのが持論だが、遡ること2年、テクノポップとの中間領域、アンビエントの黎明期に独自のサウンドスケープを展開したアルバムがあった。1983年に細野晴臣が主催する¥ENレーベル傘下のMEDIUMレーベルよりリリースされたイノヤマランドの『DANZINDAN-POJIDON』だ。

80年代、P-MODELプラスチックスとならび、テクノ御三家の一つに数えられたヒカシュー。キテレツなボーカル巻上公一とギター海琳正道の背後で寡黙にシンセを弾いていた井上誠と山下康の2人による別ユニットがイノヤマランドだ。

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結成当時の井上誠(左)と山下康(右)

私が彼らの音に初めて触れたのは、細野晴臣高橋幸宏が設立した¥ENレーベルのアーティスト、つまり、Water Melon Group、日向敏文、テストパターンとともにイノヤマランドが参加したオムニバスアルバム『Down To The Resort』に収録された音源だった。

 

イノヤマランド/テストパターン他/避暑地まで。Down To The Resort

イノヤマランド/テストパターン他/避暑地まで。Down To The Resort

 

同アルバムに収められていたイノヤマランドの曲は3曲だが、破壊力のあるヒカシューとは打って変わった、清らで軽やかなサウンドに驚かされたのを覚えている。

そのアプローチはブライアン・イーノが展開しているアンビエントとも、ジ・オーブのようなクラブ系チルアウトとも趣を異にしていた。無機質で単調なシーケンス、クリアーで軽快なシンセの音色。「遊園地のBGM」というべきか、「辺境の地の自動演奏」と称すればいいのか、サウンド・オブジェっぽい不思議な存在感は先のアルバムの中でも際立っていた。

一切の制約を受けずに非標準的な音楽作り

イノヤマランドを発掘、プロデュースを担当した細野晴臣は、後に、ノンスタンダードとモナドレーベルを設立する。それらのコンセプトはノン・スタンダードが「多くの人々に支持されながらも作り手側の感覚が標準化されていない音楽」、モナドは「一切の制約を受けずに非標準的な音楽作りを目指す」だったという。イノヤマランドはそうしたコンセプトを先取りした存在だったといえるだろう。その結果、容易にアンビエントというジャンルにも回収されない、独自性のサウンドアプローチを試みたわけだ。

ファーストアルバムとなる『DANZINDAN-POJIDON』は大ヒットしたわけでもなく、マニアに静かな衝撃を与えた問題作だった、昨今はシティポップの最評価と連動。海外の音楽マニアやDJからの注目が集まり、コレクターのレアアイテムとして高値で取引されていたという。

そんななか復刻版がExT Recordingsというレーベルから再発された。このレーベルは90年代、Pacific 231やTagomago、Space Ponchなどの渋谷系、音響系アーティスト、そしてレーベル主宰者の永田一直や砂原良徳、サワサキヨシヒロ!などの音源をリリースしたトランソニック・レコードを前身とする。当時のオリジナルマルチトラックテープを新たにデジタルミックスダウンされたリマスタリング音源だ。 

DANZINDAN-POJIDON [New Master Edition]

DANZINDAN-POJIDON [New Master Edition]

 

エンジニアリングを担当したのはROVODUB SQUADのメンバーとして知られ、砂原良徳のアルバム『liminal』のミックスを手がけた益子樹。なんと、イノヤマランドの山下康の従甥でもあるという。35年の時を経て、再評価され、復活した響き。この珠玉の響きを若い世代の音楽マニアやDJがどのように解釈し、そこから、どんな世界が生み出されるのか。気になるところだ。